経歴・解説
チェコ国民楽派最大の作曲家。プラハのオルガン学校で学び、1862年からはチェコ国民仮劇場のヴィオラ奏者をつとめ、同劇場の指揮者であったスメタナから強い影響を受けた。75年にはオーストリア政府奨学金を獲得し、その審査員であったブラームスの知遇を得て作品が世に出るようになり、またブラームスの影響も強く現れるようになった。しかし、これらの影響を含みつつ国民主義的な傾向は深められ、晩年に向けて多くの傑作を生んだ。84年からの幾度かのイギリス訪問、92〜95年のアメリカ滞在などで世界的な名声を獲得した。また教育者としても、91年からプラハ音楽院教授、1901年に同院長に就任、多くの後進を指導した。
| ジャンル | 曲名 | 作曲年 | 初演 | 更新日 |
|---|---|---|---|---|
| 交響曲 | 交響曲 第9番 ホ短調 op.95 《新世界より》 | 1893 | 1893 | 2006年8月10日 |
| 室内楽曲 | バガテル op.47 | 1878 | 1879 | 2007年6月3日 |
| ピアノ五重奏曲 イ長調 op.81 | 1887 | 1888 | 2007年6月3日 |