経歴・解説
ドイツ・ロマン派の代表的作曲家。もともとユダヤ人の家系であったが、父の代にプロテスタントに改宗し、姓にバルトルディを加えた。ベルリンのジングアカデミーの一員となって、そこの指揮者であったツェルターから理論を学んだ。10代から多くの作品を発表したほか、1829年に大バッハの「マタイ受難曲」を復活演奏して19世紀におけるバッハ復興の端緒をつくるなど、演奏家・指揮者としても大きな業績を残す。31〜32年のイタリア滞在後、33年にツェルター死後のジングアカデミーの指導者に立候補するが敗れる。同年デュッセルドルフでニーダーライン音楽祭を主催すると、以降は同市の音楽監督を務めた。35年にはライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者(音楽総監督)に迎えられ、指揮棒を使う指揮法を確立して、同団を世界的な名オーケストラに育て上げた。
作品はあらゆる分野に渡って多く、特に旋律の美しさによって知られている。なお、生前に出版されたのはop.72までで、以降は死後出版された。
| ジャンル | 曲名 | 作曲年 | 初演 | 更新日 |
|---|---|---|---|---|
| 交響曲 | 交響曲 第3番 イ短調 op.56 《スコットランド》 | 1830,42 | 1842 | 2006年8月10日 |
| 交響曲 第4番 イ長調 op.90 《イタリア》 | 1831〜3 | 1833 | 2006年8月10日 | |
| 管弦楽曲 | 序曲《美しいメルジーネの物語》 op.32 | 1833 | 1834 | 2006年8月10日 |
| 序曲《静かな海と幸福な航海》 op.27 | 1828 | 1828 | 2006年8月10日 | |
| 序曲《フィンガルの洞窟》 op.26 | 1830 | 1832 | 2006年8月10日 | |
| 劇音楽《真夏の夜の夢》 | (不明) | (不明) | 2006年8月10日 | |
| 序曲《ルイ・ブラス》 op.95 | 1839 | 1839 | 2006年8月10日 |