緩徐楽章での遅いテンポが目立つけれど、息子ヴァクタンクに比べれば常識的かな。全体的に見ても、非常にオーソドックスな解釈が多いです。ただ、エロイカやラフマニノフのピアノ・コンチェルトなんかに見られる通り、定型の中に恐ろしいほど繊細なニュアンスを感じさせてくれることがままあります。HDC以外にも、ロシアものを中心にいくつか録音があるようです。
経歴・解説
指揮者/トビリシ生まれ。トビリシ国立音楽院で、Odissei Dimitriady 教授に師事。のちに有名なフランスの指揮者マルケヴィチ Igor Markevich のもとで研鑚を積んだ。その後、トビリシ交響楽団、トビリシ・オペラの芸術監督 兼 首席指揮者をつとめ、両団の演奏水準を著しく向上させ、またレパートリーの拡大に貢献している。
彼は古典と現代の両方に素晴らしい解釈をみせ、そのレパートリーは、交響曲からオペラ、バレエまで70以上に及ぶ。特に母国グルジアの作曲家に傾倒し、その中に、非常に親密な友情で知られるギア・カンチェリ(Giya Aleksandrovich Kancheli/1935〜)がいる。カンチェリの今日の名声には、カヒーゼによる積極的な演奏活動を始めとした援助が不可欠であったと言えよう。
かつて、1986年には、ロシアの巨匠ムラヴィンスキー Evgeny Mravinsky の代わりにレニングラード・フィルを率いて来日している。ムラヴィンスキーは、カヒーゼをレニングラード・フィルの優秀な指揮者として認め、何よりも、当初カヒーゼの来日についてパスポートや政治的な問題が山積していたのを、ムラヴィンスキーその人の尽力で解決したという。さらに、この来日についてはいろいろと問題があり、ポスター等のミスで間違った指揮者の名が公表されてしまい、この来日公演がカヒーゼによるものであったと知る人は少ないようだ。
その他、ヨーロッパ・アメリカのオーケストラへの客演も非常に多い。主だったところでも、バイエルン放送響、パリ管、フランス国立管、ロンドン・フィル、バーミンガム響、チェコ・フィル、スカラ座管、サンタ・チェチーリア響、ボストン響などなど、枚挙に暇がない。もちろん、ロシアのモスクワ国立管、サンクト・ペテルブルク・フィルなどでも多く指揮台に立っている。
最後に、指揮者そして作曲家でもある息子 Vakhtang が父を評した言葉を。
「父の音楽で最も素晴らしい点は、自然でありながら円熟されていることです。父はとても真摯で、現代音楽に対して偽らざる情熱をもっています。常に新しいアイディアをもち、その演奏に対して芸術的にも技術的にも努力を惜しみません。オーケストラは、父のもとで常に堂々と、深遠に、そして輝かしく鳴り響いています。」2002年3月7日、逝去。